| 1.研究開始当初の背景
単層カーボンナノチューブ(SWNT)は、グラフェンのシートを筒状に丸めた構造を持つ物質であり、シートの巻き方に応じて様々な直径・螺旋構造を持つ事ができる。その上、チューブの円周方向の波動関数が量子化されるために、SWNTの電子状態は螺旋構造に依存して金属にも半導体にもなりうる特徴を持つ。一般的にSWNTの螺旋構造はカイラルベクトル(n,m)で表されるが、n-mが3の倍数であるときバンドギャップのない金属SWNT、3の倍数でない場合はバンドギャップが存在する半導体SWNTとなる。
一方で、チューブ方向に磁場を加えた場合、ベクトルポテンシャルの影響を受けて波動関数の位相に磁場の効果が加わり、結果としてエネルギーギャップが磁場で変化すると理論より示唆されている。この効果はSWNTにおけるアハロノフ・ボーム(AB)効果として知られており、この時、金属的なチューブはギャップが開いて半導体的になり、その逆の効果が半導体SWNTに期待されている。
このようなSWNT特有の磁気伝導特性を実証するために、国内外で数多くの電気伝導実験が行われているが、電極またはチューブ間の巨大な接触抵抗の問題、また微小な静電気でチューブが破壊される事から、1本のSWNTの磁気抵抗を評価するのには多くの困難が伴う。一方で、SWNT薄膜を用いて磁気抵抗測定がいくつか行われているが、これら薄膜では、低磁場側で弱局在効果による負の磁気抵抗、高磁場側でスピン依存型のVariable Range Hopping(VRH)伝導が起因の正の磁気抵抗/飽和しか観測されていない。これらはスパゲッティ状に絡み合ったSWNTを薄膜にした事による効果で、AB効果のような本来のSWNT特有の磁気伝導特性ではない。このように様々な実験的な困難が伴うことから、現在SWNTの伝導特性やその磁場効果は明らかになってない。
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| 2.研究の目的
そこで我々は、SWNTの研究で従来からネックになっている接触抵抗の問題を解決するために、電極を付けずに非接触で試料の伝導特性を評価する非接触法(空洞共振器摂動法)に着目した。この手法を用いれば、上述の接触抵抗の問題は存在せず、ナノチューブ本来の伝導特性及びその磁場効果を明らかにする事ができると考えられる。
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3.研究の方法
空洞共振器摂動法は、試料を共振器内に置いたときのQ値と共振周波数fの変化から試料の高周波伝導度の実部及び虚部の情報を得るものである。まず試料を入れない空の状態で磁場挿印しながら測定した後に、試料を投入し同じ測定を行う。その変化から高周波伝導度を導出し、その磁場依存性を評価する。
また、我々は測定するSWNT試料にも着目した。本質的なSWNTの磁場効果を観測するためにSWNTの含有率が低い0.5wt%の高配向SWNT薄膜を用いた。これによりSWNT同士の接触は殆どなく、本質的でない磁場効果が最小限に抑えられると考えられる。
一方、合成したナノチューブには必ず金属SWNTと半導体SWNTが混在している。そこで、測定を半導体チューブのバンドギャップより十分低い温度(4.2 K)で行った。これにより半導体SWNTのキャリアは十分に抑制され、観測される磁気抵抗の振る舞いは殆ど金属ナノチューブによるものであると考えられる。
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4.研究成果
図1は作成した高配向SWNT薄膜の4.2 KにおけるΔf(=fs-f0)と1/2ΔQ(=1/2Qs-1/2Q0)の磁場依存性である。下付きのS,0は各々試料入りと空の時のパラメーターである。図で明らかなように、磁場に対してΔfと1/2ΔQは伴にリニアに増加している。両方のパラメーターが伴に増加している事から、試料は反分極極限のmetallic sideにある事を示しており、この時1/2ΔQの値は試料の抵抗に比例する。
配向方向に垂直に磁場をかけた場合(×印・B⊥tube)、磁気抵抗(1/2ΔQ)の変化は殆どないが、配向方向に磁場をかけた場合(○印・B//tube)、磁気抵抗が大きく増加していく様が観測された。これは、これまで無配向SWNT薄膜で見られた負の磁気抵抗や高磁場領域で磁気抵抗が飽和する報告と異なる。
正の磁気抵抗の原因としては、スピン依存型のVRH伝導、金属ナノチューブのAB効果が考えられる。今回得られた結果は正の磁気抵抗が14 Tまで飽和しない事から、これまで無配向薄膜で見られたような約5Tで磁気抵抗が飽和する、スピン依存型のVRH伝導によるものと明らかに異なる。またB//tubeの時に顕著な磁気抵抗を示す事から、今回観測された磁気抵抗は金属ナノチューブのAB効果によるものだと考えられる。B⊥tubeのわずかな磁気抵抗は配向しきれてないSWNTによる寄与だと思われる。
SWNTにおけるAB効果は磁束に依存した量子効果であるため、同じ磁場(磁束密度)でもSWNTのチューブ直径が変わると、ギャップの変化量は異なる。このため、チューブ直径の異なる高配向薄膜を用いて同様の測定を行った。図2は直径約1 nmと3nm のSWNTを用いた高配向薄膜試料の1/2ΔQ磁場依存性である。図1の結果と同様に、非接触法で測定する場合は直径の大きさによらず磁気抵抗は飽和しない。これは、低含有率の薄膜試料を用い、電極をつけずに測定をしたため、接触抵抗による非本質的な効果を極力排除したためだと考えられる。また、直径の大きさに応じて、磁気抵抗の大きさが変化する事も確認した。金属ナノチューブのAB効果の場合、チューブ直径と磁場によるエネルギーギャップの開き方は相対関係にあるため、1 nmと3 nmのチューブで磁気抵抗の傾きが約3倍になっているのは妥当な結果である。
上記の結果は、観測された正の磁気抵抗が金属チューブ起因のAB効果である事を大きく示唆している。しかしながら上述の通り、通常SWNTは金属チューブと半導体チューブが混在している。混在している半導体チューブのキャリアを抑制するためにバンドギャップより十分低い温度で測定しているが、観測されている正の磁気抵抗が実際に金属チューブ起因である事を確認する必要がある。金属と半導体チューブを作り分ける事は現在実質不可能であるが、近年、混在したチューブを密度勾配遠心分離法で分離する技術が確立している。そこで我々は半導体チューブのみで構成されるSWNTの高配向薄膜を作成し、同様の測定を行った。図3は混在したチューブと半導体チューブの結果である。
半導体チューブは僅かな負の磁気抵抗を示すものの、混在したチューブで観測されたような顕著な正の磁気抵抗は示さない。これは正の磁気抵抗が金属チューブのAB効果によるものである事の証拠である。また半導体チューブで観測された僅かな負の磁気抵抗もAB効果によって半導体ギャップが閉じていく過程を観測しているものと思われる。
このように、我々は非接触法を用いる事によって、SWNTの本質的な磁気伝導特性である、金属ナノチューブのAB効果を世界で初めて観測する事に成功した。本研究の成果は、2010年1月8日、米国物理学会の専門学術誌Physical Review Lettersに掲載された。この手法は、これまで接触抵抗などの問題で確立されなかったSWNTの伝導特性やその磁場効果の研究に大きなブレークスルーをもたらし、SWNTのバリスティック伝導などといった伝導特性の研究に今後大きな進歩をもたらす事が期待される。
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